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高知地方裁判所 昭和51年(ワ)125号 判決 1980年10月24日

原告

前川福寿

ほか一名

被告

土佐電気鉄道株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告前川福寿に対し、金二三二万七九〇〇円及び内金二一二万七九〇〇円に対する昭和五〇年九月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告前川豊に対し、金三九七万五九〇〇円及び内金三六七万五九〇〇円に対する昭和五〇年九月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、支払え。

二  訴訟費用は四分し、その三を原告らの、その余を被告らの負担とする。

三  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告らは各自、原告前川福寿に対し、金一〇七五万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和五〇年九月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、また原告前川豊に対し、金一八七五万円及び内金一八〇〇万円に対する右同日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告らの請求はいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

亡前川稔(以下単に亡稔という)は、昭和五〇年九月一八日午後四時二〇分頃、自己の運転する原動機付自転車(第一種・高知市乙一二二号)に乗車して、高知市朝倉丙一五八六番地の東西に通る被告会社の電車軌道を南から北に横断しようとしたとき西から東(伊野町から高知市方面)に向けて進行してきた被告会社被用者である被告首藤の運転する電車(被告会社所有六一二号)の右側前部にはねられて頭部外傷及び頭蓋骨々折(側頭及び頭蓋底)・重症脳挫傷・右耳出血・鼻出血・左気胸等の傷害をうけ、同日午後五時頃近森病院で死亡した。

二  被告首藤の過失

(一)  本件現場は、東西に通じる電車軌道にそつて、その南側(伊野町に向つて左側)を国道三三号線が東西に走り、軌道の北側には前川砂利株式会社(その当時の代表者は亡前川稔)の本社とその経営するガソリンスタンドがあつて(その他にも多くの建物がある)、横断の激しい電車軌道である。亡稔は、この軌道を前記車両を運転して南側から北側に向けて(国道からガソリンスタンドに向けて)横断しようとした。

(二)  被告首藤は、本件場所西方の宮の奥停車場を約一〇ないし一五キロメートルで通過したあと、時速約三〇キロメートルで右カーブに差しかかり、間もなく時速約三五キロメートルに加速した(甲第五号証の一)とき、衝突地点の二三・四メートル手前ではじめて電車軌道から南方約三メートルの地点に、電車軌道に向つてバイクモーターで進行してくる前川を発見した。そして、危険を感じ、直ちに警笛を鳴らし、制動に入つた。

(三)  亡稔も、踏切手前で、電車が進行してくるのに気付き、停止したが前に出すぎたため、停止後両足で地面を蹴つて後退しようとしたが間に合わず、その前輪先端がわずかに電車の右側前部に触れてはねられ、九・八メートル飛ばされ、コンクリート溝に落ちて死亡した。

(四)  本件場所は電車軌道から大変見通しのよいところであつて、事故地点から西方約五五メートルの地点からも本件発生場所及びその南方道路上はよく見えて、何ら視線を遮るものはないところであつたから、被告首藤は前川を最初に発見した地点よりはるか西方において、衝突地点南方道路をバイクモーターで北進してくる前川を発見することは十分可能であつた。

(五)  本件電車の制動距離は本件場所に至るまでは下り勾配になつている関係もあつて、被告らの計算においても、時速三四・一キロメートルのとき六二・五メートルと相当に長く、それに電車は進路を変えることはできないから、運転手であつた被告首藤はガソリンスタンドへの出入口である本件事故発生場所附近の電車軌道上に車両等が進入してくることはないかどうかを注意し、もしその可能性があれば早期に警笛を鳴らして車両等の注意を喚起し避譲を促すと共に、自らは制動措置をとつて減速し、又はその車両の直前で停止して、事故の発生を防止する義務があつた。

被告首藤は、前川を発見したとき、直ちに警笛を鳴らし制動に入つたと言うのであるから(但し、警笛が鳴るまでには一定の時間がかかる)、この時点ではすでに衝突の危険性が発生していたわけで、したがつて、もし、被告首藤がそれ以前に前川を発見しておれば、前川の動静を注意し、警告し、加速とは反対に減速し、事故の発生を未然に防止する措置をとらなければならなかつた時点があつたことは疑いない。そして、もし被告首藤が早期に前川を発見し事故を防止する措置をとつていれば、仮りに電車が衝突直前に停止できなかつたとしても、相当に減速されており、前川がバイクモーターを後退さすか、バイクモーターを投げ出して避難するだけの時間の余裕があつたことは疑いない。

また、仮りに前川がバイクモーターに乗つたまま電車に衝突したとしても被告首藤が十分な措置をとつておれば衝突の程度が軽く、前川の傷害は軽微で、死亡にまで至つていなかつたことも十分推量できるところである。

(六)  さらに、電車が時速三〇キロという制限速度を七キロ位超過して進行してきたことや、カーブの途中で加速されたことは、通常の電車の運転速度とは相当異なつていたと考えられ、これが亡稔に横断の可否の判断を誤らせたとも言えるのである。

以上のとおり、被告首藤の過失は明らかである。

三  被告らの責任

(一)  被告会社は、その被用者である被告首藤が、被告会社の業務(運転)を執行中、被告首藤の次の過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法第七一五条第一項による責任

(二)  被告首藤は、前記第二項の過失によつて本件事故を発生させたのであるから民法第七〇九条による責任

四  損害

原告福寿は金二二〇二万九〇〇〇円の、また原告豊は三七四五万九〇〇〇円の損害をうけた。詳細は次のとおりである。

(一)(1)  亡稔の得べかりし利益の喪失(金四七六三万九〇〇〇円)

同人は、大正一五年四月一〇日に生れて、死亡時四九歳、前川砂利株式会社の代表取締役で、昭和四九年度においても年間五四〇万円の収入を得ていたもので、本件事故にあわなければ六七歳まで一八年間稼働でき、この間の生活費を三〇パーセントとしても次の収入を得たはずである。

5,400,000×(1-0.3)×12.603ホフマン係数=47,639,000円(100円単位以下切捨)

(2)  原告らの相続割合

原告福寿は、亡稔の妻、同豊はその長男であり、法定相続分どおり亡稔の権利を承継し、それぞれ次の金額を取得した。(一〇〇円単位以下切捨)

原告福寿 47,639,000×1/3=15,879,000円

原告豊 47,639,000×2/3=31,759,000円

(二)  葬儀費(金四〇万円)

原告福寿は葬儀費として金四〇万円を支出した。

(三)  慰謝料(一〇〇〇万円)

原告らそれぞれ五〇〇万円

(四)  弁護士費用(金一五〇万円)

原告らそれぞれ七五万円の支払を約束する。

五  よつて原告らは次のとおり内金を請求する。

原告福寿の請求額

前項記載の逸失利益の相続分、葬儀費及び慰謝料の合計金のうち一〇〇〇万円と弁護料七五万円の合計金一〇七五万円

原告豊の請求額

前項記載の逸失利益相続分及び慰謝料の合計金のうち一八〇〇万円と弁護料七五万円の合計金一八七五万円

第三請求原因に対する認否及び被告首藤の過失についての被告らの主張

一  請求原因一項は認める。

二  同二項のうち(一)については、横断の激しい電車軌道であるとの点は否認し、その余は認める。(二)について、被告首藤が亡稔を発見した時、その速度は時速三四・一キロメートルであつた。その余は認める。(三)について、亡稔が線路内に原付車を乗り入れ動こうとしなかつたために衝突したのであつて、その原因については不知、衝突後亡稔が九・八メートルはね飛ばされたことは認める。(四)について、本件場所が見通しのよいことは認める。(五)について、本件場所が下り勾配になつていること、本件場所においては時速三四・一キロメートルのときの電車の制動距離が六二・五メートルであること、電車が進路をかえることができないことは認めるが、その余は争う。(六)について、被告会社は、日頃電車の速度につき、カーブにおいて時速三五キロメートル、その他の部分は四〇キロメートルと定めており、本件事故現場付近(カーブ終了時点)では三四・一キロメートルであつて何らスピードに関する違反はない。

三  同三項のうち、事故が被告会社の業務の執行中に生じたことは認め、その余は否認する。

四  同第四項の事実はすべて不知。

五  被告の主張(過失に対する)

(一)  原告は、大阪地裁昭和四六年二月二六日判決(交通事故民事判例集第四巻第一号三四八頁以下)に判示する「併用軌道を走行する路面電車は、軌道敷上を車両、歩行者が通行することが容易に可能であり、また自動車を運転する場合と異なつて自ら進路を変えて障害物を避譲することも不可能で、かつ制動距離は相当長いから、電車の運転手は特に前方の安全を十分確認する義務があり、前方をよく注視して歩行者その他の障害物の早期発見につとめ、障害物の存在を発見し又は、障害物の出現が予想される場合には、あらかじめ警笛を鳴らして注意を喚起し避譲を促すと共に、それのみでは足りず、何時でも制動措置をとつて減速し、又は障害物の直前で停止して、事故の発生を未然に防止する義務がある。」との見解に添つて、被告首藤の過失を主張する。

しかしながら、かかる見解は、路面電車と車両の交通方法に関する道路交通法の基本理念を誤解するものである。道路交通法第二一条、第三三条、及び第三五条第二項の規定などからうかがわれるとおり、路面電車と車両との間においては、明らかに路面電車の交通が絶体的に優先する原則が貫かれており(注釈道路交通法再訂版一六四頁以下参照)路面電車の運転者の注意義務の範囲についても右原則を基準にその範囲程度を認定すべきであつて、車両の運転者と同一基準で注意義務を課するのは相当でない。いわんや「何時でも制動措置をとつて減速し、又は障害物の直前で停止して事故の発生を未然に防止する義務がある」などの見解は、一般に自動車に比べればはるかに制動距離の長く、路線上を走行し、停止徐行する以外衝突を廻避する方法のない路面電車の運転者に自動車のそれに比べて極めて苛酷な義務を課するものであつて、前記道路交通法の基本理念を理解しない不当な解釈といわざるを得ない。

(二)  仮に右判例の解釈が正しいとしても、「歩行者その他の障害物の早期発見につとめ、障害物の存在を発見し、又は障害物の出現が予想されるときは」との表現に言うところの障害物又はその出現の予想の範囲をどの様に認定するかが問題である。

前記のとおり路面電車優先の原則に照らすと、路面電車の運転者から見た障害物又はその出現の予想される範囲と自動車運転者から見た障害物又はその出現の予想される範囲とは自ら概念を異にするのは当然であつて、その範囲の広狭の基準は、自動車運転者は道路交通法の規定に従い、路面電車の交通優先の原則にのつとつて運転するとの信頼の原則が働くから自動車運転者の方が広くて重いというべきである。右判例の要旨をもつて自動車運転者の注意義務と同一の基準のもとに、障害物の範囲を理解し、具体例にこれを適用するとすれば不当に注意義務の範囲を拡張する結果となり、路面電車の運転者に不可能をしいる結果となることは明らかである。

(三)  被告首藤が亡稔を発見し、警笛を鳴らす以前の亡稔の行動をもつて、障害物又は障害の発生が予想される状態とは認め難い。

亡稔は国道の南側を西進し、西入口の南方から北へ向きを変え、ゆつくりしたスピードで北進し、ほとんど線路の手前で停止したと見える程度に徐行していたことが認められる。右行動はたとえ本件の線路の横断場所を北へ通過しようとしていることが予見されるとしても、その行動は極めて慎重であつて、線路を横断する車両の運転者として特に異状は認め難く、そのスピードから見ても当然線路の手前で停止するものと予見して差支えない行動であつたから、(首藤が発見して警笛を鳴らした地点から衝突地点までの亡稔の距離は、検証の結果によれば三・一メートル(甲五号証ノ二によれば三・八メートル)である。)これをもつて、障害物又は障害の発生が予想される場合として事前に発見し警笛を鳴らし徐行する義務があつたとは到底認め難い状況である。

してみれば、被告首藤が亡稔を線路の手前三・一メートルないし三・八メートルの地点で発見し、亡稔が更に北に向つて、徐行しながらも進行を停止しようとしないのを確認した時点において、初めてその行動の異状性が認められたと言つてよく、この時点で警笛を鳴らして、亡稔の注意を喚起しているのであるから(また亡稔もこの時点で適切に制動すれば線路の手前で停止し得た筈である。)

被告首藤には前方の障害物の確認義務には何等の落度はないものと言わなければならない。

第四被告らの抗弁

仮に、被告首藤について、前方注視の義務に違反し、亡稔の発見が遅れ、これが事故発生の一因と認定されるとしても、右過失の割合は亡稔の線路の手前で停止し左右の安全を確認する義務又は線路上で停止した後速かに線路上から退去する義務の違反に比べれば極めて軽微であり、事故の原因の大半は亡稔の前記義務違反に基づく重大な過失に起因することは明らかである。よつて、予備的に過失相殺の抗弁を主張する。

第五抗弁に対する認否

亡稔において五割の過失があることは認めるが、その余は否認する。

証拠〔略〕

理由

一  被告らの過失

(一)  本件事故の発生及び本件事故現場附近の状況については当事者間に争いはなく、右事実と、成立に争いのない甲第四号証の一ないし三、甲第五号証の一ないし一六、甲第六号証、乙第八号証、検証の結果、証人市川政子、同岡本詔子の各証言、被告首藤本人尋問の結果から認定できる事実を総合すれば、次のとおり被告首藤の過失が導き出せる。

1  本件衝突現場東方においては、東西に通じる電車軌道(併用軌道)に添つて、側溝を隔てて南側に二車線の国道三三号線が走つているが、衝突現場より西方に向つては、電車軌道と国道との間に草地を挾み、両者は徐々に離れながら共に南側に大きくカーブを描いていること

2  事故現場附近の電車軌道に対する横断通路としては、線路南側に存在するガソリンスタンド(亡稔が代表取締役である前川砂利株式会社経営)の出入口が概測約二〇メートル間隔で三ケ所設けられ、本件衝突現場はその一番西側の通路であること

3  本件事故現場を西方の電車軌道から見れば、カーブ終了に続く一番最初の横断通路であり、右カーブは、半径一〇〇メートルで、奥の宮曲線と呼ばれ、被告会社は脱線防止のため最高時速を三〇キロメートルと定めているが、カーブにかかわらず見通しは良好である(検証調書によれば、衝突地点に対して五三・八メートルまで確認できるが、同調書添付写真1によれば、それ以上に見通せるものと判断される)こと

4  亡稔は、原付自転車を運転して、国道を東方から進行して来て、ガソリンスタンドに入ろうとして一番西側の通路に向つて徐行に近い低速度で進行していたこと

5  被告首藤は事故現場西方より東方に向け進行し、時速約三〇キロメートルでカーブに入り通過したが、同カーブが下り勾配のため徐々にスピードがあがり、カーブ終了直後時速約三五キロメートルで本件事故現場より二三・八メートル地点に至り、そこで事故地点より三・一メートル南方地点において、軌道横断について、左右の安全を確かめるような素振りをしないまま、線路に接近してくる亡稔を発見し、同時に危険を感じて警笛を鳴らすと共に急停車措置を講じたこと

6  亡稔は、事故現場附近に停車して、両足で地面を蹴つて後退しようとしていたが、間に合わず、前輪をわずかに電車右前部にはねられ、約九・一メートル飛ばされて死亡し、電車は衝突地点から三八・三メートルの地点でやつと停車したこと

7  右事実と弁論の全趣旨によれば、亡稔は、ガソリンスタンドに入ろうとして、まず国道の中央線を右に越えた後漫然と電車軌道に接近(可能性とすれば、中央線を右折したことによる安心感から、電車に対する注意を忘れたか、あるいは、中央線を右折する際に対向車に気をとられ、電車を確認していないのに電車は来ていないと軽信したと考えられる)し、衝突地点から約三メートルに接近した時、被告首藤により警笛を鳴らされ、ここで始めて電車の接近を知り即時停車措置を講じたが、軌道に接近しすぎて停車したため、驚いて後退しようとしたが間に合わなかつたものと推認できる。

(二)  ところで、併用軌道を走る路面電車の運転手は、軌道敷上を人又は車両等が容易に通行できるし、又自動車と異なり、進路を変えることはできず、そのうえ制動距離も自動車より相当長いのであるから、前方をよく注視し、電車の進行に対する障害物の早期発見に努め、障害物の存在を発見し、又はその出現が予想される場合には、あらかじめ警笛を吹鳴して、注意を喚起し、避譲を促す等特に前方の安全を確認する義務があり、さらに障害物出現の状況又はその可能性の状況いかんによつては、減速し、あるいは急停車措置をもとる義務があるというべきである。

(三)  これを本件についてみると、前記事実によれば、事故現場附近に対する西方軌道上からの見通しは良好であり、しかも事故現場横断通路は、カーブ終了後最初のもので、そのうえ、カーブにおいては草地のため国道から人車は容易に軌道敷に入り込めない状況にあつて、電車前方に対する障害物の出現可能性は本件横断通路以外に二ケ所のガソリンスタンド出入口通路のみであつたのであるから、被告首藤とすれば、横断の態勢をとつて、特に電車を確認、意識する振りもせず、又速度を落すなどの行動もしないまま漫然と線路に接近してくる亡稔を衝突地点北方約三メートル以前から発見注視したうえ警笛を吹鳴して危険を知らせて安全な停車を促さなければならず、同時にスピードについても、本件急停車措置をとる前にその前段階としての減速措置(自動車ではいわゆるアクセルペダルを離す程度、本件の場合加速度を押える程度)をとる義務があつたというべきであつて、しかも右両措置は十分可能であり、これを要求しても決して、被告首藤に無理を強いるものではないというべきである。

もし、被告首藤において、右両措置をとつていれば、亡稔において、本件の停車地点より手前に停車でき、あるいは、停車後後退して、本件事故の発生を容易に避けられたと判断されるのである。

それを被告首藤において、二三・八メートル手前で衝突地点より三・一メートルに迫つた亡稔を始めて発見したというのであるから、亡稔の原付自転車及び被告首藤運転の電車の空走距離を勘案すると、亡稔において、いくら低速であつたとはいえ、安全な停車距離とは言い難く、従つて、被告首藤の前方注視義務及び減速義務違反は免れない。

二  被告らの責任

被告首藤が、被告会社の業務を執行中に本件事故が発生したことは当事者間に争いはないから、被告会社には民法七一五条一項の、被告首藤には同法七〇九条の責任がある。

三  過失相殺

成立に争いのない乙第三号証、証人浜田慶一郎の証言によれば、昭和四九年、亡稔は本件事故現場の線路南側にガソリンスタンドを設置しようとして、線路横断通路開設につき被告会社と折衝し、同年五月一六日亡稔は、前川砂利株式会社代表取締役として、被告会社との間に「軌道敷を横断する場合は必ず一旦停止を励行し、電車の運行に支障なきことを確認のうえ通行する」等の約束をなしている事実が認められる。これは、その法的性格はともかくとして、損害の公平な分担を目的とする過失相殺を適用するには、一の要素として考察するのが相当である。そこで、右事情をも基にして前記認定の事実を総合すると、亡稔の過失、すなわち、線路横断につき左右の安全確認及び安全一時停車義務違反の過失は、被告首藤の過失、すなわち、前方注視義務違反による警笛吹鳴の遅延の過失及び減速義務違反の過失より圧倒的に大きいと認められるので、その過失割合は、亡稔において九割、被告らが一割とするのが相当である。

四  損害

成立に争いのない甲第一ないし第三号証、原告前川福寿本人尋問の結果によれば、次のとおりである。

(一)  うべかりし利益の喪失(金四七六三万九〇〇〇円)

亡稔は、大正一五年四月一〇日に生れ、死亡時四九歳であつたが、生前には前川砂利株式会社の代表取締役で、少なくとも年間五四〇万円(昭和四九年時)の収入を得ていたが、本件事故により死亡しなければ、六七歳まで一八年間稼動でき、この間の生活費は一家の支柱であるから三〇パーセントとすると、次の計算となる。

540万円×(1-0.3)×12.603ホフマン係数=4763万9000(100以下切捨)

(二)  過失相殺

前判示のとおり、亡稔には九割の過失があるから、被告らの賠償額は金四七六万三九〇〇円となる。

(三)  原告らの相続

原告福寿は、亡稔の妻で、同豊はその長男であるから、法定相続分に従いその権利を承継した。

計算は次のとおりである。

原告福寿 476万3900×1/3=158万7900(10以下切捨)

原告豊 476万3900×2/3=317万5900(10以下切捨)

(四)  葬儀費(金四万円)

原告福寿は葬儀費として金四〇万円を支出したが、被告らの負担すべき額は金四万円が相当である。

(五)  慰謝料(金一〇〇万円)

これまで判示の事実からすれば、原告らはそれぞれ金五〇万円が相当である。

(六)  弁護料(五〇万円)

原告福寿については金二〇万円、原告豊においては金三〇万円が被告らの負担すべき弁護士費用とするのが相当である。

(七)  以上を計算すれば、原告福寿に対しては金二三二万七九〇〇円に、原告豊に対しては金三九七万五九〇〇円となる。

五  結論

以上によれば、被告らは各自原告前川福寿に対し金二三二万七九〇〇円及び弁護士費用を除いた内金二一二万七九〇〇円に対する不法行為の日の翌日(死亡の日の翌日)である昭和五〇年九月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を、また原告前川豊に対し、金三九七万五九〇〇円及び同内金三六七万五九〇〇円に対する右同日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払う義務があるから、右の限度で原告らの本訴請求を正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 溝渕勝)

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